『切手収集は趣味の王様』というのはもうやめよう

『切手収集は趣味の王様である』という言葉があります。この言葉に愛着を持っている方々にとって見れば今回の記事は大変不快なものでしょう。しかし書き進めたいと思います。私は昔からこの言葉がピンときません。違和感、むしろ嫌悪感すら持っています。

世の中、数多くの趣味があります。その中でも切手収集は一番格が高いということなのでしょうか。確かに、過去、切手収集を楽しんだ王様や大統領がいました。世界初の切手、ペニー・ブラック(1840年発行)の時代から切手収集をする人はいたという話なので、もう180年近くも続いている趣味と言え、歴史もある。しかし、だからと言って切手収集が最上位の趣味であるかのような表現をしていいものなのでしょうか。

そもそも誰がこんなことを言い始めたのでしょう? 切手収集を含むフィラテリーは欧米から始まった趣味と認識しています。彼らが広めたのでしょうか? それとも自然発生的に言われるようになったのでしょうか? そもそも切手収集家がこんなことを言い始めたのかすら不明です。

ここで誤解のないように言っておくと、私は切手収集という趣味を貶めるつもりは毛頭ないのです。切手収集という趣味に誇りを持つのはいいのです。かくいう私も、素晴らしい趣味だと思っています。問題なのは、このフレーズに傲慢さが感じられる、という点なのです。

そもそも趣味に上下なんてありません。好きだからその趣味をやっているんです。それだけです。

私がこの言葉を好まないのはもう一つ理由があります。それは、切手収集は趣味の王様である、などという言葉が、切手収集への新規参入の妨げとなっているのではないかという懸念です。これは私の杞憂であることを本当に願っています。私は切手収集という趣味を広める上でこのフレーズを誘い文句として使わないほうがいいと思っています。少なくとも、切手収集は趣味の王様だから切手収集を始めようなんて人はほぼいないでしょう。断言しますが、「ジャイアンツはプロ野球界の盟主だからジャイアンツを応援しよう」などと言われてジャイアンツを応援するような人はいません。当たり前ですが、反発されるだけです。

それでも切手収集家の中には「切手収集は趣味の王様なんじゃい!」という方はいらっしゃるかもしれません。それは個人の主義主張なのでご自由にされるのがいいと思います。しかし、それが「趣味の王様である切手収集をやっている俺様は格が高い!」という思い上がりにつながっていないことを切に願うばかりです。

とりあえず切手収集家だけでも『切手収集は趣味の王様である』などというフレーズを使わないようにしよう、と提案したい。切手収集を一般向けに解説する記事等の中で枕詞のようにこのフレーズが使われているのを見て、これになんの意味があるのか私には全くわからないのです。そう言わないと興味を持ってもらえないような趣味なのでしょうか? そんなことないですよね?