9日、日本郵趣協会(JPS)アルプス・ヨーロッパ切手研究会の第19回東京例会に参加してきました。この会合はいつも私に新鮮な驚きと発見を与えてくれるので可能な限り参加するようにしています。皆様に感謝です。
今回は会の終盤に吉田敬氏による、先日スウェーデンで開催された切手展『STOCKHOLMIA 2019』におけるセミナー『How to produce a stamp catalogue? Example: MICHEL(Hans Hohenester、MICHELカタログを発行するSchwaneberger Verlag社の社長)』の報告会が行われました。何しろ現在の切手発行に真正面から向き合っている方の話なので、『現代切手収集』を建前にしている私にとっては大変に興味深いものであり、私自身の現状認識と比較しながら聞いていたのですが、最も私の興味を引いたのが、20年後には切手発行を取りやめる国・地域も出てくるかもしれない、と予測しているという話でした。
当然のことながら、これは「それなりに人口があり、郵便事業も存在しているが、郵便切手を前払いの手段とすることをやめる」国・地域が出現するという予測でしょう。なぜなら、世界には既に以下の理由で切手の発行を行っていない国・地域があるからです。
- 郵便事業が存在しないので切手を発行していない。
- 郵便事業が機能停止に陥っているため切手を発行していない。
前者の例としてソマリランド(ソマリア北部の事実上独立した地域)、後者の例は中米グアテマラがあります。ソマリランドは、英領時代には切手が出ていましたが、現在は郵便局はあれど郵便制度がないというよくわからない状況なんだそうです。そしてグアテマラは、万国郵便連合(UPU)に加盟している国家ではありますが、郵政民営化後に郵便の実務を引き受けていた民間会社との契約が2016年に完全に切れて以降、郵便サービスが事実上ストップしてしまっている状況で、それに伴い切手も2015年を最後に発行されていない模様です。国際クーリエサービスは使えるようなので(もちろん郵便に比べれば値段は高いですが)、そっちが使えるので政府に郵便事業を再開する意欲があまりないという状況なのでしょう。
閑話休題。ということでHohenester氏の、そしてMICHELの見立てとしては、「郵便物の量が減ってるし、スタンプレスの郵便物も増えてるし、キャッシュレスで郵便料金を前納できるようになれば、もう切手なんて必要なくね?」と考えて、それを実行に移す国が出てくるかもね、ということなんじゃないかと思います。そこには、切手の売上による外貨獲得を期待する必要がない国、そして切手発行による国威発揚に価値を感じない国、という暗黙の了解もあるでしょう。郵便物が減っているのは、どこの国でもそうですし、ある程度豊かな国であれば、どこでもこれを実行しそうな気がします。
しかし現実問題、そんな国が本当に現れるのでしょうか?
Hohenester氏より、ギニアと並んで世界でも有数の切手大量発行国と名指しされた日本でさえ、今や切手の貼っている郵便物は全体の1%未満なのです。例えば郵便ポストで簡単に郵便料金の前払いができるようになれば、もっと切手は貼られなくなるでしょう。しかし、そのためのインフラ設備はやはり相当なコストが掛かりそうな気がしています。何しろ日本にはポストが18万箇所もあるのです(『日本郵政グループ 統合報告書 (ディスクロージャー誌)2018』より)。現在の日本の法律では、信書便事業の参入には最低でも10万箇所のポスト設置を要求されます。なので、日本がそういった事態に陥ることはすぐにはなさそうです。新切手をすべてチェックせねばならないMICHELにとっては残念なニュースかもしれませんが。
というわけで、人口がそれほど多くない国が対象となりそうです。個人的にはこれを実行しそうな国がいくつか思い当たります。その筆頭がニュージーランドです。同国はご多分に漏れず郵便物の量が減っており、コスト削減を狙った合理化のために様々な施策を打ち出しています。先日も、消印をやめる実験を行っていました。今のところ、ニュージーランド・ポストは切手発行に意欲的で、先日も隕石の欠片入り切手を発行して話題となりました。またニュージーランド・ポストは顧客サービスがよく、通販で切手類を買うとポイントが貯まり、1年間の累積ポイントによって翌年に小型シートがもらえたりします。なので個人的には仮にこの国が切手発行を止めてしまったら大変残念に思うでしょう。しかし、そうも言っていられなくなる時期が来るかもしれません。
あるいは東欧エストニアのような世界最先端のIT国家、またスウェーデンのようなキャッシュレスがかなり進んでいる国だと、切手発行取りやめに移行するハードルが低いかもしれません。スウェーデンが切手発行を止めたら興味深いですね。切手発行しない国で『STOCKHOLMIA』が開催されたりしてね。でもまあ、スタンプレスはスタンプレスでまた興味深い研究対象です。
とはいえMICHELの未来予測は、なお私には現時点で大胆に思えます。なぜなら切手は今もなお国威発揚、宣伝手段として有効に見えるからです。一方で、郵便が廃れることで国家が切手に宣伝手段としての価値を見出さなくなるのであれば、なおさら切手発行はもうやめようということになるのかもしれません。国内外に対する宣伝媒体としての認識が薄いと思われる日本が、世界最大級の切手発行国となっている現状は何とも不思議ではあります。
大胆な予想と思う一方で、どこかが切手発行を一切やめたら、雪崩式に追随する動きが起きる予感もします。切手が世界中に普及した時と同じように…。
とまあMICHELの未来予測を肴に色々と書いてみました。以前いつか書いた記憶がありますが、将来を予測するのに必要なのは正しい現状認識とセンスです。私は両方ともないので確かな未来予測はできませんが、20年後の世界を想像して思うことは、世界初の切手発行から200周年を迎えたことを記念する切手が大量に出ているんだろうな(ローランド・ヒルやペニー・ブラックが引っ張りだこなんだろうな)、ということくらいです。