『青天を衝け』第29回 郵便創業!

3日放送のNHK大河ドラマ『青天を衝け』第29回を見た郵趣家も多いのではないでしょうか。まさに『郵便創業!』と題してもいい回でした。いよいよ日本に近代郵便制度が誕生したわけですが、結構詳細まで描かれていましたね。さすが郵政博物館が協力しただけのことはあります。

新たに設立された『改正掛』にて、まず何の制度改革に手を付けるか議論する場で、前島密が統一国家に必要なのは駅逓であると発言し、新しい飛脚の制度を作ろうと提案します。

前島は、明治新政府が飛脚問屋に通信費として月間で1,500両にも及ぶ運賃を支払っていることをつきとめます。それだけのお金があれば、前島の考える新しい飛脚便制度では東京―京都、東京―大阪の区間に国営の飛脚便を毎日1便運用することができ、さらに一般の通信も取り扱えば送達料を取ることができるので、いずれ配達網は日本中に広まるだろうと力説。建議書を書くこととなりました。

この話を聞いて、公家で明治政府参与の岩倉具視は「政府たるものが飛脚屋の商いを横取りするとは…」と嘆きますが、大隈重信は西洋では飛脚の権は政府が行っており、日本政府もぜひやりたいと進言します。なお皆さんご承知のとおり、約135年後に郵便事業は(一応)民営化されることになります。

新たな飛脚制度の詳細を検討する前島、渋沢栄一、そして杉浦譲。フランスからの郵便物を見て、郵便切手やその抹消印(最初は汚れとしか認識していなかったようですが)といった仕様を確認していきます。そこで郵便という言葉も発明し、前島は郵便の父になると宣言しますが、ほどなくして前島は鉄道借款処理のためイギリス行きを命じられてしまい、杉浦に後を託します。やがて切手という言葉も作られ、印刷方法の検討も始まりました。

そして明治4年、いよいよ郵便制度が開始されました。書状集箱と呼ばれた郵便ポストの前には人だかり。渋沢と杉浦の二人は切手を貼った郵便物をポストに投函します。すぐに東京郵便役所に集められ、仕分けされていきます。ちなみに、今ここには日本橋郵便局があります。

3日後、そろそろ杉浦譲の弟からの返事が届くはずと、懐中時計を見ながら今か今かと配達人を待つ渋沢たち。郵便物が届けられ、切手が剥がれていないこと、消印が押されていることも確認して大騒ぎ。ここまで劇的な郵便配達があったでしょうか? まあ本来、郵便がきちんと届くというのは、そのくらいすごいことなのですよね。

ちなみに渋沢が出した手紙の相手はスペシアルな関係である徳川慶喜でした。

今となっては郵便が配達されるなど当たり前のことですが、それが当たり前になるまでには多くの方々の努力があったのですね。郵便創業の6年後には万国郵便連合(UPU)に加盟し、130年後には年間の郵便物が260億通を突破、136年後に民営へと切り替わり、147年後には切手の種類が累計で10,000種を超えることになります。渋沢たちが知ったら仰天したことでしょう。