タンザニア名義の竹島コインに関する考察

東アフリカに位置するタンザニア連合共和国が2019年7月に、竹島を韓国の領土とする記念硬貨を発行したとKBS(韓国放送公社)が報じた…と韓国の中央日報が報じ、それが日本語訳されたニュースが日本でも話題になっています(画像は中央日報のサイトより)。

そもそもタンザニアが日韓間の外交問題である竹島についてわざわざどちらかの肩を持つ理由などなく、どうも怪しいなと思っていたのですが、今日になって菅官房長官がタンザニア外務省より「我が国の中央銀行を含む政府はそんなコインは発行していない」という回答を得たと発表した、と報じられています

じゃああの冒頭のコインの画像は何なの?という人は多いと思います。私もスッキリしません。しかし、これがコインではなく郵便切手の場合、こうしたことは普通に起こりうることなのです。というわけでここからは切手の話。たとえばこういうケースを考えてみましょう。A国を侮辱するようなデザイン、内容の切手がB国の名前で発行されていることを知ったA国、カンカンに怒りながらB国に抗議に行きました。

A国「おい、お前こんな切手発行しやがって、どういうつもりだ」(と実物を差し出す)
B国(困惑しながら)「そんな切手、発行した覚えないんだけど…」

ここでB国がしらばっくれているのではなく、本当に知らないというケースは以下の2通りが考えられます。

①その切手はB国が発行を委託している代理発行エージェントによるものであった。
②何者かがB国を騙って勝手に切手のようなものを作って、市場に流した。

①は切手代理発行エージェントという存在がミソです。切手収集家の財布目当てにきれいな切手を作って世界中に販売したいという要望はどこの国にもあります。しかし、すべての国が印刷のきれいな切手、質のいい切手を自前で作り、販売できるわけではありません。そこで、代理発行エージェントという、切手の製造設備・販売流通網を持った外国の会社に委託するのです。

この場合、B国はB国名義で切手を発行する権利を会社に渡すことで切手発行を委託し、そのかわりB国はライセンス料と製造された切手の一部を受け取ります。しかし切手代理発行エージェントはお金儲けのため、大量の種類の切手を発行することが往々にしてあります。中には委託元の国ですら把握していない切手を発行したりすることもあります。切手発行を委託されているのは事実なのでちゃんとその国の郵便では使えますし、違法性はありません。しかし、その国の郵政サイトに載っていないのに名目上は法的に問題のない切手、というのは普通に存在しています。

もちろんこんな物議を醸すような切手を勝手に作ってしまえば切手代理発行エージェント側も委託契約を切られてしまう可能性があるので、通常はこんな冒険はしないのですが、しかしお金があるところになびくのがエージェントです。過去、尖閣諸島を中国領と認めるような切手がギニアビサウ名義で発行されたこともあります。言うまでもなく中国の収集家の財布目当てにエージェントが作った切手です。何度も言いますが、切手としては合法です。

これはエージェントによる切手の例です。アフリカのサントメ・プリンシペ名義で発行された、月面着陸50周年を祝う切手ですが、これはバルト三国にあるエージェントがサントメ・プリンシペ政府より委託を受けて作ったものです。サントメ・プリンシペという国はよく知らなくても、この出来だったら宇宙に興味のある人がちょっと買いたくなりそうでしょ?

②は外国切手収集家であっても存在を知らない方がいるので驚きます。これはもう、完全に詐欺行為です。何者かがお金儲け目的で切手のようなものを作り、B国の国名を印刷して販売する…これを違法切手と呼びます。まあ切手ではなくて単なるラベルですね。その国の切手にある程度精通していないと、それが違法切手なのかどうかは収集家でも見分けがつかないので、偽物をつかまされる可能性があります。そして今回のように、外国から思わぬお叱りの言葉を受ける可能性だってあります。しかし、これは①と違ってどこの誰が作ったのかわからないのでタチが悪い代物です。

これは違法切手の例。ソマリア名義、1999年に発行されたことになっている宇宙切手だが、ソマリアは中央政府が崩壊状態であったため、こんな切手が発行されるわけがない。

さて冒頭の竹島コインは?おそらく硬貨も、海外に製造販売を委託しているものと推測しますし、①②いずれかが真相なのでしょうが、どちらが正しいのかまでは推測できません。今回、韓国放送公社がどのような方法でこのコインの存在を知ったのかは不明ですが、エージェントの説明を鵜呑みにしてしまったのではないでしょうか。その場合、そのエージェントがタンザニア中央銀行より委託を受けているかどうかが問題です。①であった場合、タンザニア政府から抗議が行くでしょうが(それも日本政府の抗議次第ですが)、②の場合はどうしようもないですね。もちろん、コインとしてタンザニアでは使えないということになります。