フジャイラから米NYへ、1972年7月②

先日入手したアラブ土侯国切手(フジャイラ発行)のカバーの話題の2回目です。今回は宛名についてのお話です。これは50年も前の手紙であり、住所氏名等の情報を掲載しても問題はないと判断しています。

宛先はアメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨークのRudolph Braun氏。何者かはわかりませんが、切手に関わる人物であることは確実と思われます。この時代、土侯国切手を発行する各首長国は新切手が発行されるたびに案内のチラシを全世界に送付し、注文があればその切手を国際書留で送るということを行っていたからです。切手商のほか、郵趣団体の関係者や、郵趣雑誌の編集長などにも送付されていたことが明らかになっています。

さて改めて宛名を見てみますと、印字された住所を派手にボールペンで消して新しい住所を書き加えています。これがいつ書かれたものかはわかりませんが、差し出す前ならもうちょっとちゃんと消すと思うので、アメリカに到着してから郵便局で移転先の住所が書き加えられたと解釈するのが妥当でしょう。

この手紙がアメリカに到着したことは間違いありません。なぜなら裏面にニューヨークにあるオーデュボン駅郵便局の印が押されているからです。7月5日に差し出して、11日にはニューヨークに到着していたようです。押印など記録は残っていませんが、おそらくクウェートを経由してアメリカに送られたはずです。

フジャイラ郵政の持っている住所録でBraun氏はマンハッタン在住だったのが、実際には北東に約7キロ行ったブロンクス区に引っ越していたのでしょう。ちなみに移転先の”4525 H. H. Pkway”とは”4525 Henry Hudson PKway”を意味する集合住宅です。

転送されてまで送られた中身は一体何だったのか、それは次号に。